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2014年、夢見ていたスイスのデザルプ(牧下り)に行く事が出来ました。その思い出を反芻しながら、色々なクラフトワークを楽しんでいます。

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2016/05/09 18:00  パラオに行ってきました!~その4


3日目の昭和の日、同行家族のたっての希望で大東亜戦争の激戦地、ペリリュー島へ行くツアーに参加しました。
昨年4月9日に天皇皇后両陛下が慰霊のために訪れた事が記憶に新しいです。パラオは、その日を祝日にしたほど両陛下を歓迎したそうです。

元自衛隊パラシュート部隊のビシッとしたツアーガイドさんの元、歴史好きな若いご夫婦と一人で戦跡を訪ね歩いているという男性とご一緒しました。

パラオは、当時、日本の統治下にあり、ペリリュー島には、東洋最大級の十字滑走路が敷かれていました。アメリカがその飛行場をフィリピン侵攻の足がかりにするだろうと予想し、日本最強の関東軍水戸歩兵二連隊を中心とする守備隊を配備しました。
アメリカも最強の海兵隊を投入。まず、空襲と艦砲射撃で地形が変わるほどの準備攻撃をしました。もう日本兵はいないだろうと上陸しましたが、日本兵はペリリュー島中に構築した洞窟陣地とコンクリート製のトーチカの中に身を潜めほぼ無傷でこれを待ち構えたのです。
2、3日で陥落させられるだろうというアメリカの目論見は外れ、戦いは2ヶ月半に及んだそうです。

ペリリュー島には、まだ見つからない数千人の英霊が眠っており、毎年厚労省が遺骨収集に訪れていますが、まだ不発弾や地雷処理が終わっていない立ち入り禁止エリアがあるので、先が見えない状況だそうです。

戦没者慰霊碑、「みたま」を訪れた時、個人の慰霊碑に彫られた享年が20代前半であることにショックを覚えました。
戦車の中の人達の視野を補うために横を歩いたという少年戦車隊は16才からの未成年もいたとか!!!

戦争記念館では、この死闘を生き抜いて戦後2年以上潜伏していたという34名の兵士の投降式の写真を見ました。
ガイドさんから、生き残りがいることを察したアメリカ軍が食糧庫に肉類の缶詰を補給していたのを食べていたので、意外にやせ細ってないですよ、という説明を受けていたのですが、私は、その写真の中の予想以上に幼い顔を見て、涙があふれました。

戦争は自分の祖父母の時代の話と思っていましたが、戦っていたのは自分の息子のような世代だったのです

RIMG0298.jpg

私以外のツアー参加者は盛んに写真を撮っていましたが、私はそんな気にもなれず、ただただ祈りを捧げる一日になりました。



RIMG0340.jpg
↑天皇皇后両陛下が献花した西太平洋戦没者の碑の前で


見えにくいと思うけど、牛柄のアロハを着ています。
南国でしか着られない柄だと思ってる。



遅ればせながら、青い額縁様、コメントありがとうございます。パラオに行かれたんですね~?
今とだいぶ違ったのかしら?興味津々です。
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